盲導犬への思い

2019/06/18

 

幼いころの私の一番の思い出は、フリーダーと名づけたコリー犬と過ごした日々のことです。闘牛士のように布で覆って遊んだり、犬小屋に潜り込んで一緒に寝ようとして困らせたり、雪の中で転がりあったり、どんな乱暴な遊びをしても母親のように包み込んで遊んでくれる、やさしいコリー犬のフリーダーでした。

どんな悩みがあっても、どんなイジメにあっても、どんなに熱が出た日でも、フリーダーさえいてくれれば「すごく幸せ」と感じられる毎日でした。

ところが、ある日のこと、フリーダーは軽トラックで見知らぬ人に連れ去られていってしまったのです。今でも心の葛藤として脳裏に残っています。

子どもが大好きで、通学する小中学生を見るとワンワン吠えて大喜びをしていた、人気者のフリーダー。しかし、その声がご近所の迷惑ということで、私と兄の知らぬ間にフリーダーを山あいに住む人にゆずることが決められていたのです。

それから新たな犬を迎え入れるまでの2年間、それは枕を濡らさずには寝られない日々が続いた、長く悲しい2年間でした。新たに迎え入れたケンと名づけた紀州犬は、15才で天寿を全うするまで郷里で生きてくれました。本来は猟犬として人間に仕えるために生まれた、飼い主に忠実な血をそなえた名犬でした。

犬が大好きだった私は、目の不自由な人を助ける盲導犬に高い関心を持っていました。夏休みのテレビドラマで、盲導犬の候補であるラブラドール・レトリバーの幼犬を預かる「パピーウォーカー」の家族の物語がありました。TBSの「ラブの贈り物」という番組でした。

パピーウォーカーは子犬に「人といる幸せ」を感じてもらうのが役目です。まるまるとした可愛い子犬をお迎えし、目に見えるような速さで成長していくのを見守る暖かい家族。翌年に続編が放送されるほど人気が出たお昼のドラマでした。

でも、私は途中までしか見る勇気がありませんでした。なぜならパピーウォーカーは、子犬が成長をして1才になったころ、その愛する子犬を手放さなければならないからです。その別れを経験する子どもたちの心境を想像するだけで、場面を見なくても別れの辛さが痛いほどに感じられます。

パピーウォーカーとして子犬を育てる家族の皆さんを心から尊敬します。お子様の辛いけれども貴重な人生経験となることでしょう。でも、私にはパピーウォーカーになることができません

私が駅まで歩く通勤路を、赤ちゃんをおんぶしながら、幼稚園くらいの女の子に手をひかれて歩く白い杖の若いお母さんをよく見かけました。おばあちゃんらしき人もいつも一緒に歩いていらっしゃいました。

幼いお子さん2人を育てるだけでも大変だと思うのですが、お顔には幸せそうな笑みがいつも見られました。(何か手助けをできないか、でもそれは余計なお世話か)そんな心の問答を繰り返しながら、ただ安全を祈って見つめることしか出来ませんでした。

ある日、いつもと様子が違いました!

盲導犬を連れて歩いていらっしゃったのです!まだ訓練中の様子で、おっかなびっくりの様子でしたが、今までとは違う足取りがかんじられました。

それから数ヶ月後「盲導犬とだけ、ひとりで歩いている」姿を拝見しました。(もう安心、これで大丈夫)何にもしなかった、できなかった私でしたが、ただただ心から嬉しさがこみあげてきました。

盲導犬を育てるのには大変な時間と費用がかかると聞きます。子犬を育てるパピーウォーカーだけでなく、役目を終えて引退した盲導犬をお預かりするボランティアもあります。マンション暮らしの私には引き受けられない仕事です。でも(何かできないか、盲導犬の育成のために何かお役にたていないか)という思いが、いつも心にくすぶるようになりました。